内製化 / 解説
AI人材は「育成」で足りる|AI活用の3ステップを回せる推進担当の育て方
AIを社内で使う人材は、必ずしも採用しなくても育てられます。育てる中身は「①どの業務をAI化すべきか見極める→②その業務を分解して定義する→③開発の工程に載せる」の3ステップを回す力です。①②は業務を知る社員に向き、③は外部の支援で補えます。1人を採用して全部を任せるより、業務を知る既存社員を推進担当に育て、足りない部分を支援で埋める方が、中小企業には現実的です。
結論:AI人材とは「3ステップを回せる推進担当」のこと
「社内でAIを使いたいが、詳しい人がいない」。この悩みの出口として、AIエンジニアの採用を考える中小企業は少なくありません。ただ、採用に動く前に一度整理したいことがあります。それは、AIを業務で使いこなす力は、1つの技能ではなく3つのステップに分かれているということです。
AIの活用は、次の3ステップで進みます。
| ステップ | やること | 必要な力 | 誰が担うのが自然か |
|---|---|---|---|
| ① 業務特定 | どの業務をAIに任せるか見極める | 負荷とコストを測り、AIに向くかを評価する力 | 業務を知る社員(推進担当) |
| ② 分解・可視化 | その業務を要素に分けて定義する | 業務を6つの要素で書き出せる力 | 業務を知る社員(推進担当) |
| ③ 実装 | 開発の工程に載せて形にする | 要件・設計・検証の工程を回す力 | 技術者・外部の支援で補える |
このうち、AIエンジニアが担うのは主に③です。①と②は、どちらかというと業務改革やプロジェクト管理に近い領域で、必要な力もエンジニアリングとは別物です。つまり「AIに詳しい人を1人採る」だけでは、①②の穴は埋まりません。
そこで現実的なのが、この3ステップを回せる推進担当を、既存の社員から育てるという道です。自社の業務を一番よく知っているのは、いまその業務をしている社員です。①の見極めと②の分解は、その業務知識があるほど速く正確になります。技術が要る③は、外部の支援で補えます。
この記事では、なぜ採用が思ったより難しいのかを整理したうえで、育てるべき3ステップの中身を、当社が支援した案件と、当社自身がAIチームを運用している経験の実データで、順に具体的に解説します。AIを社内で使う4つの進め方(既製ツール・外注・採用・支援を受けて内製)の全体像は、AI内製化の進め方(外注・採用との違い)にまとめています。本記事は、その中の「人をどう育てるか」に絞って踏み込みます。
この3ステップは、上から順に進みます。
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flowchart TD
A["① 業務特定<br/>どれをAI化するか"] --> B["② 分解・可視化<br/>6要素で定義"]
B --> C["③ 実装<br/>工程に載せる"]
なぜ「採用」は答えになりにくいのか
「AI人材を採用すればいい」という発想が難しいのは、採れないからだけではありません。採ろうとしている人物像が、そもそも1人分ではないからです。
3ステップは、それぞれ別の職種に近い
先の3ステップを、いま人材市場にある職種に当てはめると、担い手が分かれます。
| ステップ | 近い職種 | 平均年収の相場(求人ボックス) |
|---|---|---|
| ① 業務特定・② 分解 | ITコンサルタント/プロジェクトマネージャー | ITコンサル約595万円・プロジェクトマネージャー約692万円。上流の見極め・設計を担える層は800万〜1,000万円規模も |
| ③ 実装 | AIエンジニア | 約560〜630万円 |
①②を担うのは、業務を分析して「何を・どんな順で変えるか」を設計する、コンサルティングやプロジェクト管理に近い人材です。平均年収は、ITコンサルタントがおよそ595万円(出典:求人ボックス 給料ナビ(ITコンサルタント))、プロジェクトマネージャーがおよそ692万円(出典:求人ボックス 給料ナビ(プロジェクトマネージャー))で、上流の見極め・設計を任せられる層になると、当社の見立てでは800万〜1,000万円規模になります。一方、③の実装を担うAIエンジニアの平均年収は約560〜630万円です(出典:求人ボックス 給料ナビ(AIエンジニア))。
この2つを1人で高い水準で兼ねられる人は、多くはいません。仮にいたとしても、採用の競争は激しく、条件も高くなります。「AI人材を1人採る」つもりが、実際にはコンサル寄りの人材とエンジニアのチームを組むことに近い——ここに、採用が思ったより難しい本質があります。
採ってからも、定着と立ち上げに時間がかかる
採用できたとしても、その人が自社の業務を理解し、成果を出すまでには時間がかかります。業務の中身は社外の人にはすぐ分かりません。①の見極めも②の分解も、結局は自社の業務知識が土台になるため、入社後に業務を覚えるところから始まります。採用の相場が高いこと、競争が激しいこと、定着と立ち上げに時間がかかること。この3つが重なって、採用は中小企業にとって重い選択になります。
だから「3つの道」で考える
AIを社内で使う人材の確保には、採用以外の道があります。
| 道 | 中身 |
|---|---|
| ① 採用する | コンサル寄りの人材とエンジニアを確保する(負担が大きい) |
| ② 既存社員を育てる | 業務を知る社員を推進担当に育て、①②を担ってもらう |
| ③ 支援を受けて立ち上げる | 足りない工程(特に③の実装)を外部で補う |
多くの中小企業にとって現実的なのは、②の育成と③の支援を組み合わせる進め方です。業務を知る既存社員を推進担当に育てて①②を担ってもらい、技術が要る③は外部の支援で埋める。採用のように一度に高い人材を複数抱えるリスクを負わずに、社内に推進の軸を残せます。4つの進め方の費用や向き不向きの比較はAI内製化の進め方に、外注・内製の費用の内訳はAIエージェント導入費用の相場にあります。
では、育てる推進担当が身につける3ステップの中身を、1つずつ具体的に見ていきます。3つを同じ深さで扱います。ここが育成カリキュラムの本体です。
【ステップ①を育てる】業務特定:どの業務をAI化するか見極める力
最初のステップは、社内のどの業務をAIに任せるかを見極めることです。ここを外すと、後の分解も実装も無駄になります。見極めには「負荷を測る」と「AIに向くかを評価する」の2つの作業があります。
負荷は「件数 × 1件あたりの時間」で測る
どの業務が重いかは、印象ではなく数字で測ります。基本の式はシンプルです。
月間の業務量(時間)= 1ヶ月あたりの件数 × 1件あたりの作業時間 ÷ 60
コツは、2つの数字を別々の場所から取ることです。件数は、システムや台帳に残っている記録から取ります(感覚ではなく実績)。1件あたりの時間は、現場の担当者に聞いて、真ん中の値(中央値)を使います。この2つを掛けると、業務ごとの月間の重さが並びます。1つの業務を複数人でやっている場合は、件数はチーム全体の総数なので、人数を重ねて数えないよう注意します。
当社が支援したある企業の採用部門では、この方法で業務量を並べたところ、部門全体で月あたりおよそ1,300時間規模の業務量があり、応募は月2,000件を超えていました。テーマごとにまとめると、負荷が数か所に集中していることが見えてきました。
| 業務テーマ | 月あたりの業務量(概算) |
|---|---|
| 内定オファーの作成・面談・手続き | 約240時間 |
| 応募書類の仕分けと結果連絡 | 約230時間 |
| 面接の日程調整 | 約230時間 |
| 面接の評価と合否連絡 | 約180時間 |
| 面接の実施 | 約150時間 |
※負荷の大きい上位テーマです。この5つで、部門全体のおよそ8割を占めていました。
数字にして初めて、「どこから手をつけるか」の話ができるようになります。印象で「なんとなく忙しい」と言っている段階では、AI化の対象は決められません。推進担当がまず身につけるのは、この「重さを数字で並べる」作業です。
AIに向くかは「6つの目」で評価する
負荷が重い業務が、そのままAIに向くとは限りません。向き不向きは、次の6つの観点で採点します。各観点を1〜5点で見て、点が高いほど任せやすい業務です。
| 観点 | 5点(向く) | 1点(向かない) |
|---|---|---|
| 定型・ルールの明確さ | 手順やルールが決まっている | 都度、人が判断する |
| 入力・出力のデジタル度 | すでにデータになっている | 紙・口頭・バラバラ |
| 判断の再現性 | 基準を言葉にできる | 暗黙知・対人交渉が中心 |
| 処理量・頻度 | 件数が多く繰り返す | たまにしか起きない |
| 例外の少なさ | ほぼ同じ流れで進む | 特例・イレギュラーが多い |
| 使える道具の有無 | 実用的なAIツールがある | 独自開発が必要 |
先の採用部門の例では、この6つの目で30件近い業務を採点し、任せやすい業務から順に並べました。書類の一次仕分けや、定型の書類作成は点が高く、優先度が上がりました。
「重い業務=AI化」ではない、が最初の関門
推進担当が最初に越えるべき関門が、ここにあります。業務量が重いからといって、AIに向くとは限りません。たとえば来客の応対、現地での立ち会い、対面での交渉、朝礼のような儀礼的な業務は、量が多くても6つの目では低い点になり、AIには向きません。
だからこそ、対象を決めるのは「重さ」を並べた後に「向き」で採点してからです。負荷の可視化はあくまで候補を挙げる段階で、そこで対象を確定してはいけません。この順番を守れるかどうかが、①を任せられる推進担当かどうかの分かれ目になります。
候補は「実際に調べて」挙げる
AI化の候補は、頭の中のリストや、以前に作った一覧を鵜呑みにせず、実際の業務を調べて洗い出します。現場から挙がる候補は、業務を1つずつたどると2〜3倍に増えることが珍しくありません。人は自分の仕事の一部しか候補として意識していないため、実際の流れをたどらないと数を取りこぼします。
候補が多くなったら、似たものをテーマにまとめます。「メール対応の効率化」というテーマの下に、仕分け・下書き・送信履歴の整理といった個別の候補がぶら下がる、という形です。テーマは「どこから手をつけるかを決める単位」、個別候補は「実際に作る作業の単位」と役割を分けておくと、意思決定と実装が混ざりません。
効果と実現性で、着手順を決める
向く候補が並んだら、最後に「効果」と「実現性」の2軸で優先順位をつけます。効果が大きく、実現もしやすいものから着手します。
| 実現しやすい | 実現しにくい | |
|---|---|---|
| 効果が大きい | 最優先で着手する | 投資として判断する |
| 効果が小さい | 軽く刈り取る | 見送る(理由を記録する) |
効果は「削減時間・波及・品質やリスクの低減・戦略との整合」で、実現性は「AI適性・技術の容易さ・データの準備・現場の受け入れ・初期コストの小ささ」で見ます。推進担当がこの2軸で並べられると、「なぜこの業務を最初にやるのか」を、経営にも現場にも数字で説明できます。
効果は「時間」と「金額」で試算する
着手する業務が決まったら、どれだけ楽になるかを試算します。式はこうです。
月間の削減時間 = まとめた業務の月間工数 × 想定の自動化率
自動化率は、AI適性に応じて変えます。向く業務は7〜9割、中くらいは3〜6割、補助にとどまる業務は1〜3割、というように幅を持たせます。金額にするには、削減時間に人件費の単価を掛けます。
年間の削減額 = 月間の削減時間 × 12 × 1時間あたりの人件費
1時間あたりの人件費は「残業込みの年収 ÷ 年間の実働時間(およそ2,000時間)」に、会社の実負担として1.3倍程度を掛けて出します。試算は、控えめな見立てと強気な見立ての2つを並べ、看板の数字には控えめな方を使います。当社が支援した採用部門の例では、対象業務のうち月300〜470時間規模を圧縮できる試算になり、人件費に換算すると年1,500〜2,200万円規模でした(想定のレンジです)。
大切なのは、この削減時間を「人を減らす」ためでなく、空いた時間を、人にしかできない業務へ振り替えるために使うと語ることです。削減した時間を人数に直す(月160時間で1人分)と現場は身構えます。推進担当には、数字を出す力とあわせて、その数字を「再配分」の話として現場に伝える力も要ります。
【ステップ②を育てる】分解・可視化:業務を6要素で定義する力
対象の業務が決まったら、次はその業務を要素に分けて定義します。ここが、推進担当に一番身につけてほしい力です。業務を6つの要素で書き出せることが、AIに任せるすべての土台になります。
業務を6つの要素で書き出す
1つの業務を、次の6要素に分けて言葉にします。この6つが埋まって初めて、その業務は「作れる」状態になります。
| 要素 | 書き出す内容 | 具体的に聞くこと |
|---|---|---|
| きっかけ(トリガー) | 何が起きたら始まるか | 依頼が来たら/毎朝/件数が溜まったら |
| インプット | 何を受け取って始めるか | どの書類・データを、どの形式で |
| 参照データ | 途中で何を見るか | マスタ・過去基準・対応表はどこにあるか |
| 処理・判断 | 何をして、どう判断するか | 手順と、分かれ道の判断基準 |
| アウトプット | 何を作って終わるか | 成果物と、その保存先・渡し先 |
| 担当と場所 | 誰が、どこで、どうやるか | 担当者・使うツール・受け渡しの方法 |
これは、AIエージェント導入の最初の関門でもあります。導入全体の進め方はAIエージェント導入の進め方(3段の関門)で扱っていますが、その入口がこの6要素です。
分解の実例
先の採用部門の「書類の一次選考」を6要素で書き出すと、こうなります(内容は一般化しています)。
| 要素 | この業務での中身 |
|---|---|
| きっかけ | 応募が一定数たまる |
| インプット | 応募者の経歴書類の一覧 |
| 参照データ | 過去の合否基準・分類のタグ |
| 処理・判断 | 経歴・年数・条件で5段階に分類(判断は6つの軸で行う) |
| アウトプット | 合否のタグを付け、次工程へ送る |
| 担当と場所 | 採用担当が、社内ツール上で |
ここまで書けると、「判断の6つの軸のうち、どれが機械で判定でき、どれは人が残すか」という会話ができます。逆に、この分解ができていないと、AIに何を任せるのかが曖昧なまま実装に進み、後で作り直すことになります。
「いつもの流れ」と「例外」を分ける
分解のときにもう1つ大切なのが、通常の流れと例外を分けることです。担当者に聞くと、めったに起きない特例まで一緒に語られ、業務が実際より複雑に見えてしまいます。次の4つに仕分けると整理できます。
| 区分 | 見分け方 | 扱い |
|---|---|---|
| 通常業務 | 複数人が挙げる/ほぼ毎回起きる | 本流として定義する |
| 分岐・例外 | 通常業務の中の条件分かれ | 本流の枝として注記する |
| イレギュラー(属人) | 1人だけ・不定期 | 別枠にして本流と分ける |
| 保留 | 判断がつかない | 確認してから振り分ける |
例外を本流に混ぜないことで、「まず本流だけをAIに載せる」という現実的な一歩が踏み出せます。実際、イレギュラーが全体のごくわずか(数%)なら、最初はそこを対象外にしてよい、と判断できます。
細かすぎる作業は、まとめて数える
業務を分解しすぎると、今度は1つ1つが細かすぎて時間を答えられなくなります。そのときは、同じ流れの中の隣り合う作業を1つのまとまり(クラスター)にして、まとまり単位で時間を測ります。当社の案件では、120近くに分かれた作業を、意味のあるまとまりで数え直して60余りに整理しました。分解と集約を行き来できることも、推進担当の実務力です。
いちばん難しいのは「判断」を言葉にすること
6要素のうち、推進担当が最もつまずくのが「処理・判断」です。ベテランほど「経験で総合的に見ている」と答え、その中身が言葉になっていません。ここを基準に落とせるかどうかで、AIに任せられる範囲が決まります。
| 判断の書き方 | 例 |
|---|---|
| 悪い例(任せられない) | 「経歴を見て、総合的に合うかどうかを判断する」 |
| 良い例(任せられる) | 「①在籍社数が基準を超えたら確認に回す→②直近の働き方が条件に合うか見る→③残りを人が最終確認する、の順で判定する」 |
判断を手順と基準に分けて書けた部分は、機械で判定できます。書けなかった部分(対人の機微や、前例のない例外)は、人に残します。どこまでを機械に任せ、どこからを人が握るかの線引きこそが、②の一番の成果物です。この線が引けていれば、実装は迷いません。
業務フロー図で「誰が・何を」を1枚にする
分解した業務は、縦のレーンで「誰が・何を・次に誰へ」を1枚に描く業務フロー図にまとめます。色ではなく形で役割を分けるので、白黒で印刷しても読めます。
| 図の中の形 | 意味 |
|---|---|
| 四角・六角・角丸 | 社内の担当者(人ごとに形を変える) |
| 二重の四角 | システム・ツールが自動でやること |
| 円 | 社外の相手(応募者・取引先など) |
| 平行四辺形 | データ・書類(受け渡すもの) |
| ひし形 | 判断の分かれ道 |
この図があると、「どのステップを機械に置き換えるか」を、関係者みんなで同じ絵を見ながら指させます。図は、次の実装の設計図そのものになります。誰が何を担当し、どこで手が止まっているか(属人化しているか)も、一目で分かります。
【ステップ③を育てる】実装:開発の工程に載せる力
3つめは、定義した業務を実際に動く形にするステップです。ここで大事な認識があります。推進担当は、自分でプログラムを書く必要はありません。推進担当の役割は、開発の工程を回し、各段階で判断し、承認することです。手を動かす実装そのものは、外部の支援や技術者が担えます。
とはいえ、工程がどう進むかを知らないと、判断も承認もできません。ここでは、当社が実際に使っているAIエージェントの開発の進め方を、そのまま公開している形で紹介します。
開発は5つのフェーズで進む
当社の開発は、次の5フェーズで進みます。前のフェーズが終わってから次に進み、必要なら前に戻ります。
| フェーズ | やること |
|---|---|
| ① 要件理解 | 何を・誰が・入力・出力・成功基準を整える |
| ② 設計 | 作るものの設計書を用意する |
| ③ 実装 | 設計に沿って作る |
| ④ 検証 | テストで正しく動くか確かめる(不合格なら②へ戻る) |
| ⑤ 振り返り | 結果を記録し、次に活かす |
進み方には状態があり、「未着手 → 進行中 → レビュー → 完了」と前にだけ進みます。逆戻りはさせず、やり直しが要るときは新しく起票して履歴を残します。ここで推進担当が握るのは「次のフェーズに進んでよいか」の判断です。
各フェーズには「通れない条件」がある
工程を回すとは、各段階に置かれた通過条件を確認することです。当社の開発では、次の関門を通らないと先に進めない仕組みにしています。
| 関門 | 通過条件(満たさないと進めない) |
|---|---|
| 設計のレビュー | 求める要件がすべて設計に入っている/1回で作れる大きさに収まっている/合否をあとで機械的に確かめられる/秘密情報が設計に混じっていない |
| 実装後の審査 | テストがすべて通っている/パスワードや鍵などの秘密情報が紛れ込んでいない |
推進担当がやるのは、この関門で「通す・戻す」を判断することです。専門的な中身がすべて分からなくても、「テストは通ったか」「求めた要件は入っているか」を確認できれば、工程は前に進みます。
「調べる人」と「作る人」を分ける
もう1つ、暴走や情報漏れを防ぐための工夫があります。調べる担当と、書き換える担当を、はっきり分けることです。当社の構成では、役割ごとに触れる範囲を最初から制限しています。
| 役割 | できること | ファイルを変更する権限 |
|---|---|---|
| 調べる担当 | 読む・探す | なし(読み取り専用) |
| 点検・検証する担当 | 読む・テストを動かす | なし(読み取り専用) |
| 作る担当 | 読む・書く・実行する | あり(変更できるのはここだけ) |
こうしておくと、点検の途中でAIが誤ってファイルを壊す、といった事故が構造的に起きません。さらに、途中の作業に嘘や飛ばしがないかを記録で追える仕組みや、要件定義や設計レビューの後で人の承認を待って止まる仕組みも入れています。技術的な作り方そのものはAIエージェントの作り方(5つの部品と手順)に、動かした後によくある失敗はAIエージェント導入の失敗パターンと回避にまとめています。
推進担当は、この工程と関門と役割分担を理解し、外部の支援と一緒に回せれば十分です。プログラムを書けることではなく、工程を判断で前に進められることが、③で身につける力です。
要件定義で「何を作るか」を固める
開発の入口は要件定義です。①②で作った6要素とフロー図を、ここで「何を・誰が・入力・出力・成功基準」の形に整えます。いちばん大事なのが成功基準で、これは「あとで機械的に合否を確かめられる形」で書きます。たとえば「応募書類を決めた基準で仕分けし、人が判定した結果と8割以上一致すること」のように、数字で判定できるようにします。ここが曖昧だと、後の設計も実装も検証もぶれます。推進担当は、この要件定義で「業務側の代表」として、判断基準と成功基準を確定する役割を持ちます。
小さく作る
1回で作る単位は「作りきれる小ささ」に保ちます。大きすぎると、人もAIも全体を把握しきれず、ミスが増えます。「一度に作れる大きさか、分けるべきか」を見立てるのも、推進担当の判断です。
暴走と虚偽を防ぐ歯止めを確認する
AIに実装を任せるときのこわさ——「動いていないのに動いたと報告される」「頼んでいない場所まで書き換えられる」——は、仕組みで防ぎます。要件定義や設計の区切りで人の承認を待って止まり、作業の証拠を記録でつなぎ、確認していない報告や秘密情報の混入を弾く。推進担当がこの中身を細部まで作る必要はなく、こうした歯止めのある構成かを確認できれば十分です。動かした後によくある失敗と回避はAIエージェント導入の失敗パターンにまとめています。
1つの業務が動くまで(通し)
ここまでの3ステップを、「応募書類の一次選考」を例につなげると、こう流れます(内容は一般化しています)。
| 順 | やること |
|---|---|
| 1 | ① 見極め:重さと向きを採点し、対象に選ぶ |
| 2 | ② 分解:6要素とフロー図で定義。判断6軸のうち4軸は基準化、2軸は人が残す |
| 3 | ③ 要件定義:成功基準を「人の判定と8割一致」に固める |
| 4 | 設計 → 実装(調べる担当が調査し、作る担当が実装する) |
| 5 | 検証:過去データでテストし、8割一致を確認する |
| 6 | 推進担当が承認し、本番へ |
| 7 | 振り返り:人に残した2軸の扱いを見直す |
この一周を回すのが推進担当です。手を動かす実装は支援や技術者が担い、推進担当は各段で「業務として正しいか」を判断して前に進めます。1体を作ること自体は数週間で終わりますが、①の見極めと②の分解、そして③の運用に載せるところに時間がかかります。この時間配分の実際はAIエージェント導入の進め方でも扱っています。
3ステップは「最初の1業務」でまとめて教える
3つのステップを説明しましたが、これを座学で順番に教えても身につきません。育つのは、実際の業務を1つ選んで、その業務で①②③を一度通したときです。研修で用語を覚えるのは入口として役立ちますが、それだけでは現場で使われないまま終わりやすいのが実際です。
育て方の順番は、次のようになります。
| 順 | やること |
|---|---|
| 1 | 現状を把握する:業務の負荷を数字で並べる |
| 2 | 最初の1業務を選ぶ:失敗しても痛くない範囲で |
| 3 | その業務で①②③を一周する:見極め→分解→実装を通す |
| 4 | 成果を測る:研修の修了率でなく、業務での使用率で |
| 5 | 効いた型を横に広げる:次の業務へ、推進担当が中心で |
大切なのは、4番目の「何で測るか」です。研修を何時間受けたか、修了したかではなく、実際にその業務でAIが使われ続けているかを見ます。使われていなければ、どのステップに穴があったか(見極めか、分解か、実装か)を戻って確かめられる。これが「3ステップで教える」ことの効き目です。最初にどんな業務を選ぶとよいか、業務別の効果の目安はAIエージェントの活用事例に整理しています。
当社自身も、AIエンジニアを採用せずに、社内のAIチームで複数の事業を回しています。要件を整える・調べる・設計する・作る・点検する・承認する、という職能を、人を増やす代わりにAIへ役割として割り当て、意思決定をする人が1人で束ねる形です。この形も、いきなり作ったわけではなく、最初の1業務から少しずつ役割を足して広げてきました。中小企業に必要なのは、この縮小版を、人を抱えずに持てるようにすることです。それを支援するのが、当社のCAO(Chief AI Orchestrator)というサービスです。
どんな人を推進担当に選ぶか
推進担当に向くのは、AIに詳しい人ではありません。選ぶ基準は次の3つです。
- 自分の業務を手順で説明できる:やっていることを、順を追って言葉にできる。
- なぜその手順かを言える:判断の理由を説明できる(②の分解につながる)。
- 現場と経営の両方と話せる:数字を経営に、変更を現場に、橋渡しできる。
これまで業務改善やマニュアル整備を担ってきた人、若手でも業務の理解が速い人が向きます。逆に、AIツールの操作に詳しいだけで自社の業務を知らない人を据えると、①の見極めと②の分解で詰まります。育てるべきは「業務を分解して言葉にする力」であって、ツールの知識は後からついてきます。
育成にかかる期間の目安
最初の1業務を一周する時間の目安は、次のとおりです。座学は入口として数時間から。見極めと分解に数週間、実装から運用に載せるまでに数ヶ月。当社が支援した案件では、業務の棚卸しと効果試算だけで約1ヶ月かかりました。1つの業務を一周して型をつかむまで、3〜6ヶ月が目安です。一周を終えると、2つめ以降の業務は、推進担当が中心になって回せるようになります。
育つまでは、支援と組み合わせる
育成期間の間は、③の実装と、①②のレビューを外部の支援で補うと安全です。推進担当が育つまでは支援が伴走し、育つにつれて支援を減らしていく。これが「採用せず、育成と支援を組み合わせる」現実的な立ち上げ方です。最初から自走を求めず、支援を受けながら1業務目を一周する。その一周が、いちばんの研修になります。
育成でやりがちな3つの失敗
推進担当を育てるとき、次の3つでつまずきやすいので、先に避け方を示します。
1. 研修だけで終わる。 リテラシー研修を受けさせて満足してしまい、実際の業務につながらないパターンです。研修は入口であって、最初の1業務を回すOJTとセットにしないと定着しません。
2. 推進担当を兼務で潰す。 有望な社員に、通常業務をそのままにAI推進を上乗せしてしまうと、どちらも中途半端になります。少なくとも最初の1業務を回す間は、時間を空ける手当てが要ります。
3. ①を飛ばして道具から入る。 「まずAIツールを入れよう」と手段から始めると、どの業務をなぜ変えるのかが決まらないまま、導入そのものが目的になります。必ず①の見極め(重さを測る→向きを採点する)から始めます。
費用と助成金は「判断の材料」として
育成には、研修費や、最初の期間の支援費がかかります。国の制度では、社員の学び直しにかかる費用の一部が助成される場合があります(人材開発支援助成金など。要件により対象や割合は変わり、受給を確約するものではありません)。自社が使える制度は、補助金・助成金でAIを導入するや、業種と条件で調べられる補助金かんたん診断で確認できます。研修費に助成金を充てるときの要件と申請の期限は、AI研修の助成金で外せない3つの条件にまとめています。
そのうえで、当社は「採用と育成のどちらが正しい」という結論は持ちません。判断の材料になるよう、費用の考え方だけを並べます。読者ご自身の数字で比べてください。
- 採用する場合の年間コスト = 見極め・分解を担う人材(およそ800万〜1,000万円規模)+ 実装を担う人材(およそ560〜630万円)+ 採用にかかる費用と、立ち上がるまでの時間
- 育成+支援の場合のコスト = 既存社員が推進に充てる時間 + 研修費(助成の対象になりうる)+ 実装を補う支援の費用
2つの道の性格の違いを、表でも並べておきます。
| 採用でそろえる | 育成+支援で立ち上げる | |
|---|---|---|
| 初期の負担 | 高い(複数職能の採用・定着) | 低い(既存社員+支援) |
| 立ち上がり | 遅い(採用から戦力化まで数ヶ月以上) | 中くらい(最初の1業務を数ヶ月で一周) |
| 自社への定着 | 採った人に依存(退職で失う) | 社内に推進の軸と型が残る |
| 向くケース | 継続的に大量の開発をする体力がある | 採用は難しいが、内製の型を社内に残したい |
どちらが軽いかは、任せたい業務の規模と、社内にどれだけ業務を知る人材がいるかで変わります。スピードを優先するのか、コストと自社への定着を優先するのかは、経営判断です。この材料をもとに決めていただくのが、いちばん確実です。
まとめ:採用より、業務を知る社員を育てる
AIを社内で使う力は、1つの技能ではなく「① どの業務をAI化するか見極める → ② 業務を6要素で分解して定義する → ③ 開発の工程に載せる」の3ステップです。①②は業務を知る社員に向き、③は支援で補えます。だから、高い人材を複数採用してチームを組むより、業務を一番知っている既存社員を推進担当に育て、足りない部分を支援で埋める方が、中小企業には現実的です。
育てるときは、最初の1業務でこの3ステップを一度通し、研修の修了ではなく業務での使用で成果を測る。この順番を守れば、社内に推進の軸が残ります。
自社にどの業務があり、誰を推進担当に据えられそうか、最初の1業務に何を選ぶとよいか。ここを一緒に整理するところから始めたい方は、30分の無料相談でご相談ください。AIを社内で立ち上げる4つの進め方の全体像はAI内製化の進め方にまとめています。
よくある質問
AI人材は採用しないと社内でAIを使えませんか?
必ずしも採用は必要ありません。AIを業務に使う力は「どの業務をAI化するか見極める・業務を分解して定義する・開発工程に載せる」の3ステップに分かれ、このうち見極めと分解は、自社の業務を深く知る既存社員の方が向いています。技術的な実装は外部の支援で補えるため、既存社員を推進担当に育て、足りない部分を支援で埋める進め方が現実的です。
AI推進担当には何のスキルが要りますか?
プログラミングそのものよりも、業務を要素に分解して言葉で定義できる力です。具体的には、ある業務について「きっかけ・入力・参照する情報・処理と判断・出力・担当と場所」の6つを書き出せることが出発点になります。この分解ができれば、実装は開発の工程に載せて進められます。
研修を受けさせればAI人材は育ちますか?
座学のリテラシー研修だけでは、現場で使われないまま終わりやすいです。育つのは、実際の業務を1つ選び、その業務で「見極め・分解・実装」の3ステップを一度通す経験を通してです。研修はきっかけとして有効ですが、最初の1業務を実際に回すOJTと組み合わせることが定着の条件になります。